先日津川友介先生の『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』という本を読みました。
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津川先生は他にも、以前紹介した『医療現場の行動経済学』も一部書かれていますが、疫学研究者として面白いなと思ってます。新しく出した医療政策の本も買ってみたいなと思いつつ、医療政策に関わる立場には全くないのでどうしようかと思っているところなんですが。
この本は食事に関するエビデンスが割とさっぱりまとめられていて、それはそれで面白いんですけれども、Amazonレビューをみていたら「これよりは佐々木敏先生の『データ栄養学のすすめ』をお勧めします」みたいな内容があって、「ほう、そこまで強く勧めるのか」と思い、読んでみました。
これが思っていた以上に面白く、今回の記事で紹介したいと思います。姉妹書である『佐々木敏の栄養データはこう読む!』の内容と合わせて紹介します。
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医療従事者であると生活習慣や食事の質問を受けることはしょっちゅうですが、こちらの本を読んで知識不足であることを実感させられました。神経内科で特に生活習慣が関連する病気は脳梗塞です。もちろん、どの検査の数値がどの程度ならいけないとか薬をどうするとかガイドラインレベルのことはそれなりに知ってますが、食事の細かい内容となると全然大して分かってませんでした、、、。
一般の人向けの本なので、医師に限らず、健康と食事のことを考えるかたにはぜひ読んでもらいたいです。自分が恥ずかしながら知らなかったこと(きちんとした医師の方は知ってるかもしれませんが)を中心に脂質異常症と食塩の話の内容を紹介してみます。
目次:
LDL-cholをいかにして下げるか
LDLコレステロールは健診でもチェックされる内容ですが、脳梗塞、心筋梗塞といった血管に関する病気に関連します。最近では“lower is better”だなんて言って、「低ければ低いほど良い」とも言われたりしています。
スタチン系のお薬を飲めば十分に低下させることもできるのですが、やはり食事も大事。薬剤・食事に関わらず、低下させることができれば、心血管系のイベントも減らすことができるとされています。*
では実際どうやれば低下させることができるのか。
「揚げ物、炒め物は減らしてくださいねー」ぐらいのことだと思っていたのですが、どうも違いました。
飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸とキースの式
血中の総コレステロール量(LDLではないですが相関はします)の変動は、実は食事から摂取する脂肪酸の種類によって決まります。それを実験から導き出したのが以下のキースの式です。アメリカの生理学者であるアンセル・キースが出したことで知られています。
(mmol/l) = 0.031(2Dsf − Dpuf) + 1.5√Dch(Ancel Keys – Wikipediaより引用)
この式で
Dsfとは総カロリー中の飽和脂肪酸の割合
Dpufは総カロリー中の多価不飽和脂肪酸の割合
Dchは総カロリー中のコレステロールの割合
を示します。
ちなみに飽和脂肪酸とはバターや肉などの冷やすと固まる油のことで、不飽和脂肪酸は植物性油などの固まらない油のことです。
この式をみると要するに不飽和脂肪酸についてはむしろコレステロールを下げる作用があることが分かります。さらに本書中で紹介されますが、日本人が通常揚げ物や油もので使うことが多い菜種油、ひまわり油、ごま油、オリーブオイルといった植物性油は、その含有割合として基本的に不飽和脂肪酸がほとんどです。つまり、「油を使う=総コレステロールが上がる、LDL-cholが上がる」ではないんですね。
ただ、じゃあ単純に、揚げ物や炒め物をたくさん食べても良いのかと言われるともちろんそういうわけではありません。基本的に脂質はカロリーが高いので肥満など別の意味で病気の原因になってきますし、具材に肉類が含まれれば飽和脂肪酸も高くなります。食事の総カロリーや具材の問題がなければ、一応OKと言えるのではないでしょうか。
減塩の重要性と困難さ
もうひとつ取り上げておきたいのは減塩の話。高血圧は心血管・脳血管疾患の主要なリスクでありつつ、一部の認知症にも関連しているとされており(おそらくは血管のダメージによるもの)、長期的な視点で高血圧を考えると塩分摂取はどう考えても原因のひとつとなっています。
ただこの塩分を控えるということが実はとても難しいんです。『データ栄養学のすすめ』の内容で面白かったのは、減塩の重要性について知っており、意識的に注意をしている栄養士さんですら、日頃の食塩摂取量は一般の人と有意差がつかないレベルだったという話です。塩分を抑えるというのはかなり難しいことがうかがえます。
自分も料理をするんですが、最近塩分について気にするようになりました。そういった目でみてみるとあらゆる市販調味料に食塩が入っていることが目につきます。コンソメ、だし、ドレッシングなどなど、成分表示の先頭に食塩が入っているものも多く、しかもその含有量も結構多いんですね。何入れても塩入っちゃうじゃん、、、と絶望します。
極力さけるようにはしたいところですが、外食とかも含めるとどうしても量が増えてしまいますね。そこで対策のひとつとして本書でも取り上げられているのはカリウムです。
カリウムと調理習慣の話
カリウムは腎機能が悪い人には過剰摂取が問題になりますが、そうでなければ血圧を下げるないしは上げないようにするため、食塩過剰摂取対策として役立つと言えます。
本書で紹介されている興味深い仮説は(あくまで仮説の域ですが)、「日本人が野菜を丁寧に調理するがゆえにカリウム摂取できていない」という話です。
日本の野菜摂取量は世界の中で高い順位に入るのに対し、カリウムの摂取量は低くなっています。カリウムは思った以上に多くの食品に入っているので「野菜だけに多い」わけではないですが、この順位の乖離は奇妙です。
調理を考えてみるとお浸しにしても、野菜をゆでて、水気を絞ってから食べてますので、確かにこうした行為の繰り返しでカリウムは抜けていきます。煮物も下茹でをしてみたり何かと丁寧ですよね。あとは皮をむくという行為も食物繊維やカリウムが減る原因となります。
必ずしもこれが全ての原因ではないと思いますが、茹で時間や調理方法にはちょっと気を付けてみようと思わせる内容でした。
イギリスの国策としての減塩
自力での減塩がいかに難しいかということを考えると、他の手段として、国家が強制力を働かせるという方法があります。そんなことを実際にやったのが2000年代からのイギリスです。これも恥ずかしながら知りませんでした。
2000年ごろから大手パンメーカーに手を回し(同時にやらないと売り上げに差が出てしまうかもしれないので)、皆で少しずつ減塩を進めていったようです。ハム、ソーセージ、チーズ、ポテトチップスといった他の食品も同様です。本書によれば10年でパンの食塩濃度は約20%, 1日の国民の食塩摂取量は約15%も減ったそうです。結果として心血管・脳血管疾患も減少しており、素晴らしい結果を挙げています。もちろん禁煙など他の予防医学の変化もあるのでこれだけではないでしょうが、それでも結果の一因にはなっている可能性が高いでしょう。
もともと食塩摂取量が上位に入る国である日本なので、ぜひこれぐらいの勢いのある取り組みを本来してもらいたいものです。
雑感
一部の内容を紹介してみましたが、『佐々木敏の栄養データはこう読む!』では、主に脂質異常、高血圧(食塩)、糖尿病の話が、『データ栄養学のすすめ』ではそれらの追加の話とビタミン・鉄・カルシウムなどの微量栄養素の話が載せられています。どちらも同じ構造となっている本なので、2冊セットで読むと面白いです。
統計的な話も当然多いですが、巻末に簡単な解説もついてますので、統計になじみがない方でも読みやすいと思います。家で調理をするお母様・お父様方にも読んでもらいたい内容です。
自分もこれを読んで、果物を買う量を増やしたり、食塩をとにかく減らしたり家の料理を見直しました。玄米の良さも強く感じたので、買いたくなりましたが、カドミウムやヒ素の問題も書いてあったので、ひとまず子どもがもう少し大きくなってからにしようかなと思ってます。個人としても仕事としても、本書を入り口にしつつ、もう少し栄養に関してもきちんと学んでいこうと思いました。
この本の良いところは、エビデンスを重視しつつ、きちんと証明されていないことは無理に言い切らないようにしているところです。食事と健康の関連は薬剤と同様に話題性を出そうとして、「~は健康に良い!」「~は~に効く!」などと効果ばかり強く出されがちですが、決してそんな単純な話ではなくて落ち着いた視点でデータをみることが大切だと思います。
参考文献:
* Silverman, Michael G., et al. “Association between lowering LDL-C and cardiovascular risk reduction among different therapeutic interventions: a systematic review and meta-analysis.” Jama 316.12 (2016): 1289-1297.
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