今回の記事ではプレゼンテーション実用書の総集編として、これまでに読んだオススメしたい書籍をざっと紹介していきたいと思います。
スライドを使ったプレゼンはビジネス、アカデミアのいずれでも重要視されるスキルです。上司や周囲の関係者が何であなたを評価するかと言えば、それはプレゼンであることも多いでしょう。情報の共有、方針の決定、討論などあらゆる場面でプレゼンが用いられており、仕事の上で重要なスキルであることは間違いありません。
医学研究では良い発表が共同研究に結びついたり、論文への道筋やさらなる研究へのヒントが得られる、など必要性が高いものと言えます。
1987年ごろに始まったと言われるパワーポイントでのスライド作成は現在相当に普及しています。ただ、医学研究の発表や大学院講義などを見ていると、情報量が多すぎるスライドやただの文章の羅列のスライドなどもまだまだ多く見受けられます。その発表文化ごとに悪い意味でのスタンダードができあがってしまい、前例に沿う形で分かりづらいスライドでの発表が慣習化しているケースもあります。
こうした慣習的な分かりにくさを打破するには違う世界へ一歩踏み込んだ書籍を見るのが最適な方法だと思います。特にデザインに詳しい領域の人が描いたスライドはスライド作成における視野を広げるのにぴったりです。また、発表の構成についても何となくでやっているところを、書籍を見ながら改めて理論化し、眺めてみるのも有益です。
このような視点でプレゼンテーションの本を改めて読み漁ってみましたので、その中からオススメできる書籍を紹介していきたいと思います。
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紹介する本のカテゴリ
まず、プレゼンテーションについての実用書ですが、大まかに、プレゼンの準備段階、スライドの作成段階、発表段階のそれぞれに対して内容が分かれます。今回読んだものは全体を広くカバーするタイプの本とスライドの作成に関する本がほとんどでしたので、それぞれ分類して紹介します。
また、ジャンルが一般講演、ビジネス分野、理系の研究発表などに特化したものでそれぞれ分かれます。私は医師なのでビジネス系での発表経験はありません。ビジネス向けの書籍も一部紹介しますが、ジャンルとしては一般講演と理系(+医学系)の研究発表の二つに分けて紹介していきます。
その1:全体×一般講演・ビジネス
『プレゼンテーションZEN』
プレゼンの大きな指針を学べる超定番の一冊です。TEDスタイルのプレゼン本として有名ですが、この本はどんな場合でもTEDのようなわずかな文章と画像のあるスライドをすすめているわけではありません。むしろ個々のプレゼンによって方法は異なっているべきで、根底に持つべきシンプルさ、美しさと、それを支持するデザイン・ストーリー・共感などの概念をまとめています。プレゼンで本当に必要なことは何なのか。何度でも立ち返る価値のある一冊です。画像とテキストの雰囲気だけTED風のスライドを真似るのは役に立たないので、内容を良くかみしめて理解するのが望ましいです。
『slide:ology[スライドロジー] プレゼンテーション・ビジュアルの革新』
ZENとついをなすといってよい世界的プレゼンターによる教科書です。文章量は少なめで読みやすいですが、準備から実際のプレゼンまで要点をしっかり押さえています。アイディアのビジュアル化に特に秀でており、アナログを優先するその過程は子どものときのお絵描きのようなわくわく感を感じさせます。結構そういった原始的な部分というのがアイディアを伝える原点であり必要不可欠な要素なのかもしれません。
『Beyond Bullet Points: Using PowerPoint to tell a compelling story that gets results』
箇条書きではなく、しっかりとした説明と印象で人を動かすためのプレゼンをかなり論理的に説明した本です。プレゼンを構築するときにブレインストーミングのような手段を勧めている本がよくありますが、出てきたものをそのあとどうプレゼンに集約するのか。意外とここをきっちり扱った本は少ないです。この本は伝えたい内容をいかにしてきっちりと型に落とし込むのか、具体的なテンプレートを使って懇切丁寧に説明しています。あくまで根拠立てて話すためのテンプレートですので応用は効きますし、ブレストのように分散した情報を組み立てなおすには的確な方法だと思います。
『プレゼンの大学』
ビジネス向けにプレゼンテーションの準備から発表まで、分かりやすく易しい文章で解説された本です。他の本に比べ細かさや濃密さが足りない感じはしますが、元々プレゼン下手であった筆者の思いが強くのっている感じがあり、気持ちよく読めます。特にプレゼンの名手だからといって誰もがスティーブ・ジョブズを真似れば良いわけではなく、自分らしさを認識して大事にするというのは意外と他の本では触れられていない観点だったと思います。
『プレゼン資料のデザイン図鑑』
ビジネス向けなので自分には評価が難しいですが、分かりやすいスライドの手本や例を幅広く紹介してくれており、対応できる幅も多いように思います。同著者の『社内プレゼンの資料作成術』は単調で美しさをあまり感じないスライドが多かったように思ったので、同じ著者ならこちらの方がオススメです。
その2:スライド作成×一般講演・ビジネス
『伝わるデザインの基本 増補改訂3版 よい資料を作るためのレイアウトのルール』
この本はプレゼンのスライド、書類、ポスターなどをより分かりやすく伝えるためのデザインのルールを徹底的に紹介しています。
デザインに関して守るべきルール、というのは例えば「タイトルは視認性の高いフォント、長い文章は可読性の高いフォントを選びましょう」というものです。こういったルールは通常のプレゼンの解説書でも触れられますが、フォントや文字に関して書くとしても、せいぜい数ページでしょう。それに対してこの本は書体の話だけでなんと40ページも割いています。デザインに内容を絞ることで個々の内容が非常に濃密になっていると言えます。書体、文章と箇条書き、グラフや図表、レイアウトと色相とそれぞれ同じ密度で紹介しており、発表で必要なデザイン全般について網羅的におさえられています。内容の充実する反面、辞書的になってしまい、通読しにくいのが難点です。
『分かりやすい表現の技術』
スライドのデザイン本ではないですが、内容としてはスライド作成にも大変役立つので紹介しています。1999年初版ながら2020年にも新装されたロングセラーと言える一冊です。
機械やソフトウェアの取り扱い説明書をみたとき「何が書いてあるのかよくわからない」「知りたいことがどこにあるのか分からず、不親切だ」と思うことはないでしょうか。ではどこが問題で、どうすれば分かり易くなるのか。そうした視点を養えるのがこの本です。マニュアルや案内板といった具体例が多いのでそこに関わる方は必須だと思いますが、それ以外にもスライド作成において「どこまでの情報をどのように載せるのか」を考える時にも大変役立ちます。
『プレゼンテーションZenデザイン』
Zenと同じ著者によるスライドデザインに特化した本。美しい写真を使ったスライドをどのように生み出すのか、スライドデザインのための3分割法、使うべきフォントなどについて掘り下げています。TED風のプレゼンを極めたい人には良いですが、やや汎用性が低い印象です。
その3:全体×理系・医学系研究
『研究発表のためのスライドデザイン』
TEDみたいなスライドはやりすぎで、もうちょっと落ち着いたスライドデザインがいいな」と思ってしまう研究者にオススメの一冊です。
研究者向けのプレゼンとして、いわゆるIMRAD形式に沿った論理の構築方法からスタートし、できるだけシンプルでわかりやすいオーソドックスなスライドの作り方を解説しています。図表や色、レイアウトについても基本的なことはかっちり抑えられており、一通りの技法を学べると言って良いでしょう。ただ、インパクトという点では少し見劣りするように感じますので、もう少し観衆を動かす味付けをしたい、という人はテッドふうのプレゼン本からエッセンスを学んでみても良いかもしれません。
『The Craft of Scientific Presentations』
2003年初版で2011年に第2版が出たロングセラーです。この本はアインシュタインが2時間半におよぶレクチャーを日本でおこなった時の話から始まります。意外にもレクチャーが終わった後日本の観衆が「続きを聞きたい!」と不満の声を上げたそうです。日本でそんなことがあるのか、、、という驚きから始まります。アインシュタインのようなプレゼン上手の科学者のコツは何なのか。逆にプレゼン下手な科学者(ボーアが例としてやたら出てきます)の原因はどこにあるのか。著名な科学者たちの実例をすぐに実践できる教訓へと落とし込んでいます。アメリカの方々が好きなのかファインマンが好例としてよく出されていますね笑
理系の人間であれば「これは使える」というテクニックも多いので、洋書でもチャレンジしてみたい人はぜひ一度読んでみてほしいです。一方で、色調の組み合わせや細かいレイアウトのようなテクニカルな話はあまり載っていないので、適宜これまで紹介した本でカバーするのが良さそうです。
『あなたのプレゼン、誰も聞いていませんよ』
TEDのような手法と熱量を学会発表向けに組み込んだ意欲的な一冊です。文字は大きく、主張がはっきりとするように、退屈しないプレゼンに必要な要素が詰められています。プレゼンテーションZENを意識したシンプルなスライドデザインはもちろんのこと、トゥールミンの論証モデル(個人的にここが気に入りました)を用いた話の組み立て方も取り扱っています。このモデルは事実、主張、論拠により論証を簡略な形で描いたもので、科学的な話の骨格を作るには大変便利です。なお、トゥールミンの論証モデルのさらなる勉強には『論理的思考 最高の教科書 論証を知り、誤謬に敏感になるための練習 (サイエンス・アイ新書)』がオススメです。
ただ、本書後半で取り扱う観察研究や統計の話はページ数不足で説明も半端になってしまっており、正直この本で扱わなくても良い気がしましたが、それ以外の点はプレゼン技術の向上に大変役立つものでした。TEDのようなインパクトのあるスライドは憧れるけれど、学会発表にどう応用すべきかわからない。そんな人にぜひオススメしたいです。
ちなみにこの本には続編もありますが、プレゼンスライドと解説の羅列が多く、文章が読みづらいので、正直あまり良いとは思いませんでした。続編よりはまずこちらをお勧めします。
『できる研究者のプレゼン術 スライドづくり、話の組み立て、話術』
邦訳書ですが、ここまでに出てきたZENやslide:ologyの影響も受けつつ、研究発表に落とし込んでいるという点で非常に優れた入門書となっています。フォントや色調についても詳しく述べられており、邦訳版には日本語フォントについても追記されています。理系研究者向けに一冊として選ぶのであれば、こちらか『研究発表のためのスライドデザイン』かが良いですね。
『レジデントのためのスライドのポイント』
タイトル通りレジデント向けに症例報告をベースとしたスライド作成のポイントを解説しています。「抄録をどう書く?」といったまさにレジデントが最初に症例報告をやろうというとき、気になる部分がしっかり書かれていますので研修医1年におすすめです。
その4:スライド作成×理系・医学系研究
『医療者のスライドデザイン』
医療従事者向けのスライドデザインの本のなかでは群を抜いてスライドが美しかった一冊です。というのも、著者は精神科医というだけでなく、デザイナーとして本邦で初めて保険適用となった医療用の高血圧管理アプリCure appのデザインも手掛けているようです。こういったアプリは使用の継続が薬のコンプライアンスと同様にとても重要だと思いますので、デザインを手掛けるというのはさぞ高い完成度を必要とされることなのだろうと推測しています。この「デザイナー」としての視点も兼ね備えているというのが医学系の類書との大きな違いです。
医療系のスライドは独特な情報体系が多く、一般的なプレゼン本のルールがうまく応用できないケースもありますが、本書では、このデザイナーとしての視点で、こうした実例にうまくデザインを持ち込んでいる点が素晴らしいです。例えば、病歴、経過表、検査所見、病態の解説など情報量をある程度載せざるを得ないスライドをいかに伝わりやすく見せるのか。観衆の視線の移動を考慮し、しっかりと解説されています。今回本を読み進めた中でも特に気に入りました。
(2024/02/25追記)著者のブログでもこの本に書かれた手法を解説しているようです。書籍にない内容もあったり充実していますので、こちらも参照してみるのがオススメです。
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