医療者が哲学・倫理・経済を知る意味

以前から興味はあったのですが

哲学史、経済思想史などをぼちぼち本読みながら

まとめていこうかなと思ってます。

 

普通に医者やるだけなら必須ではないと思いますが

何でそれをやろうと思うのか目的からまず書こうと思います。

 

医学には答えがないことも多い

医療従事者はなんとなくわかるだろうと思いますので

そうでない人向けに書きます。

 

医学は基本的に科学に則ったもので

明確に答えが出ているものも多くあります。

 

細菌感染したら抗生剤を使用する、なんていうごく単純な話は

世界中どこへ行ったって最早同じです。

明確に答えがあります。

 

ただ、普段の診療の場面においても

もっと広い視野でみた場合でも

答えが出ないことは多くあります。

 

例えば、自分がみている脳神経内科では

脳梗塞の患者さんが最もよく入院してきます。

 

脳梗塞は脳の血管が詰まることで起こる疾患で

大多数は生活習慣病による影響です。

きちんと管理している人もいれば

健診の結果での医療機関受診指示をちゃんと真に受けず

放置していた結果、脳梗塞になってしまう人もいます。

 

自分が悪かった、と認める人もいれば

家族に迷惑がかかっても、ライフスタイルを変えない人もいます。

 

医療従事者は得てして後者の人には冷たい目線を注ぐことが多いです。

防ごうと思えば防げたかもしれないのに

それをやろうとせず、入院を繰り返す場合にはそりゃ怒りも感じます。

 

 

ただ、これも突き詰めていくとどこまでが

本人のコントロールできたことなのかは線引きが難しいところです。

 

最近ではデータの集積に伴って

生活上のリスク要因がどんどん明らかになっていきます。

ありとあらゆるリスクを徹底的に管理しないと

全て自己責任になってしまうのでしょうか。

果たして自分の身を省みたときに

そこまで良い生活を心掛けているのでしょうか。

 

また、どこまでが「本人の責任」といえるのか、という点も問題です。

労働環境が悪くて、運動などの良い習慣ができないのか。

収入の問題で食生活が悪いのか。

あるいは知識と治療上の教育が不足しているが故に

きちんと薬を飲んだりできないのか。

 

これには明確な解答がありませんし、今後も出てきません。

「個人の自由」や「自由意志」があまりにも尊重されてきたがために

かえって病気を助長し、周りの人の負担となり自由を阻害している

可能性はあります。

こうしたことを考えるときに

「どのような流れで個人の自由が獲得されてきたか」

「平等をどう考えるのか」

はどうしても必要になります。

 

その場合に哲学・倫理的な歴史や流れは役立つと思います。

 

広い視野でみた場合に経済の影響は免れない

もう少し広い視野で考えてみた場合。

 

脳神経内科では希少疾患と呼ばれる稀な病気の方々がいます。

 

有名な難病としてALSを例に考えます。

ALSは難病情報センターによれば

年間10万人あたり約1~2.5人程度新規に発症しているようです。

対して、先ほど例に挙げた脳梗塞は

年間10万人あたり約100~200人程度と言われています。

 

ALSの方の健康寿命(自分で生活できる時間)を1年延ばす治療と

脳梗塞の方の健康寿命を1年延ばす治療があった場合に

どちらにお金を投資をするでしょうか。

 

個人的にはALSの健康寿命を1年伸ばせる治療があったら

素晴らしいと思いますが、それはさておき。

 

患者さんの総数とそれによって得られる時間を

単純に計算した場合、脳梗塞の治療に投資した方が

費用対効果では良いということになります。

 

ただ、この単純計算で考えると非常に厳しい話で

ALSの治療が脳梗塞の100倍近く良いものでない限り

予算が回ってこないことになってしまいます。

 

もちろん、現実には費用対効果だけで回っているわけではないので

数々の希少な疾患の研究も進んでいます。

 

 

 

もう一つ例を挙げます。

 

トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチー

というまた稀な病気があります。

 

手足に伸びていく末梢の神経の障害が起きる病気で

年単位でゆっくりと手足のしびれや、筋力低下が進み

歩行できなくなり、感覚もなくなってしまう病気です。

 

この疾患の治療薬として昨年秋から

オンパットロという薬が採用になりました。

 

この薬以外にはビンダケルという内服薬があり、病状を抑えられるものの

ゆっくりと進行していまうというデメリットがありました。

 

オンパットロは3週間ごとに点滴していく薬なのですが

症状を若干上向きにする効果があります。

 

自分がこの病気になっているとしたらぜひとも使いたい薬です。

 

ただ驚きなのはその薬価で

薬瓶1本あたり、1004358円

そう約100万円です。

 

これを3週間ごとにやるので年間1700万円以上かかります。

難病であるため基本的に個人負担は3割にはなりません。

 

単純に患者さんの立場で考えれば使う以外の選択肢はないですし

自分も一医師としてはもちろん適応があれば使います。

ここまでの高額薬剤は非常に稀なので

医療費削減が求められる中、薬価ばかりに注目すべきではないと

思います。

 

ただ今後高額な薬剤が増えてきたときに

何を優先していくのか、ということも問題です。

 

それを語るには経済のこともわかってなければいけないですし

薬価を決める国の仕組みも知らないと何も言えません。

 

上述したどちらの話も考えるには

経済的な仕組みと思想の知識が必要です。

 

医療者が何でも知っていないといけない訳ではないけれど

医学部あるいは保健学科・看護の教育というのは

当たり前ながら基本的に医学(とわずかの周辺分野)の勉強が主体です。

他のことにはとにかく疎いんです。

少なくとも自分は。

 

一般的な教養も1-2年目で学びますが

正直そこで何かが身についているとも思い難いです。

(そうでない人もいると思いますが、全体からみると稀)

 

臨床医として仕事をする場合

倫理的な問題は患者さんを通じて学んでいくこともできますし

こういったことを何でも知っていないといけないことはないと思います。

 

ただ、臨床研究など社会的な必要性・関連が大きいことをしようとしたときに

その目的意識を明確にするには前述した問題に医学以外の知識で

きちんとアプローチしていく背景知識が欲しいです。

 

また今回のコロナ感染では切に感じましたが

医療と経済、そのバランスをどう考えるかは

医療従事者の立場からも意見を言っていく必要がありますし

そのためには共通言語として互いのことをある程度知らなければ

本当の意味でバランスのとれた意見を言えません。

 

自分の中でも目的意識を出したいので長々と書きましたが

少しでもそういった知識が得られるように

ちょくちょくまた本を読んでいきます。

 

記事にはするものの

やっぱり専門ではないので、より詳しい方がいらっしゃれば

申し訳ないですが訂正・コメントがもらえると嬉しいです。

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