2年も前になりますが、第二言語習得論の記事を書きました。
第二言語習得理論 インプット仮説と自動化モデルについて – 脳内ライブラリアン
結構アクセス数がある記事になっているにも関わらず、内容が大してない、、、。ということで、一回ちゃんと書き直そうと思いつつ、ようやく一度書いてみます。
第二言語習得論とは「母語以外の外国語」を学ぶときにどのような特徴があり、どうすれば習得できるか、を示すための理論です。要するに日本人が英語を勉強して習得するための理論はそれにあたります。
今回はその中で1970年代に登場し、いまだに影響を与えるクラッシェンという学者のモニターモデルの5つの仮説について紹介します。
前置きが意外と長くなったので、「とにかく第二言語の正しい学習方法を知りたいぜ!」という方はモニターモデルの話から読んでください(汗。
目次:
モニターモデルの生まれた背景と行動主義
行動主義
もともと第二言語習得論は母語が習得される過程に基づいて、理論が進められました。母語(L1と言われます、第二言語はL2)では、子どもは周囲からの言葉を聞いて少しずつ模倣しながら自分の言葉を再生し、周りとの反応をみて、それを正しいのかどうか判断し、言葉を「習得」していきます。こうした行動によって言語が習得されていく、という主張を行動主義といいます。
〇ピードラーニングなんかは「赤ちゃんがたくさん言葉のシャワーを浴びるように、英語をたくさん聞いて習得できるようにします」みたいな売り文句だったと思うのですが、これは要するにこの行動主義に当てはまるわけですね。
お子さんがいる方なら誰もが分かると思うのですが、これは直感的にすごく納得できる理論です。
ところが、行動主義だけではうまくいかない事象が出てきます。すでにギリシアの哲学者プラトンが見つけていたことから、”プラトンの問題”と呼ばれます。
プラトンの問題
日本語の例でひとつ考えてみます。助詞の「は」と「が」についてです。
・太郎は学校へ行った。
・太郎が学校へ行った。
(酒井邦嘉著『言語の脳科学』より)
これがどっちも正しいのは日本人なら分かります。この例のみをみてみると「は」と「が」は主語の後につく場合、置き換えることが可能、というルールが見いだせます。ですが、次の例はどうでしょうか。
・誰は学校へ行ったの。
・誰が学校へ行ったの。
(同上)
「は」では文章が成立しません。 こうした明示しにくい文法要素を親が説明しているか、というとそうではないです。しかし、それでも子どもはこの文章が「は」では成立しないことを知るようになります。
疑問文で「は」を使っていることを聞いたことがないから、という可能性もありますが、普通の名詞であれば疑問文でも「太郎は学校へ行ったの。」のように使うことができるので、「誰」の場合はダメ、というのは自分で気づくには難しいと思われます。
このように限られたインプットの情報以上にアウトプットのパターンが得られる矛盾を、”プラトンの問題”と言います。
上記で引用した本『言語の脳科学』ではプラトンの問題を以下の3つに整理しています。
「決定不能の謎」・・・論理的に推察力の低い幼児がどうして文法要素を推測できるのか
「不完全性の謎」・・・与えられる言語データは十分でないのにどうして完全な文法能力が形成されるか
「否定証拠の謎」・・・親が言い間違えることもあって、毎回完璧な文法の文章を伝えているわけではないのに、どうして間違っているかどうかを判断できるようになるか
そういわれると確かにこれは疑問です。ここで登場するのがノーム・チョムスキーによる”普遍文法”という理論です。
生得説
チョムスキーはアメリカの超有名な言語学者で今もご健在です(2020年現在91歳)。チョムスキーの主張した”普遍文法”というのは、もともと人間の脳にある程度の文法要素がすでに入っている、つまり生得的に知識がある、という理論です。こういった考えを生得説と呼びます。
▲行動主義の批判と生得説の考え方
行動主義だと文法能力が十分になる理由が説明できず、無限に近い文のパターンを生み出すことが困難です。それに対して生得説であれば”普遍文法”をもとに、インプットされた情報を解釈していくので、文法的に完璧なアウトプットが可能です。
そもそも人間は最初から言語を使っていたわけではなく、脳にもともと普遍文法なる機能があるとも考えにくいため、この理論には批判もあります。脳の一般的な学習機能で言語の習得は十分に説明できる、という考え方です。細かい議論までは正直分からないので触れないことにします(笑)
またさらに第二言語(L2)の習得については別問題です。チョムスキーはL2の習得でもこの生得説が当てはまるかどうかまでは言及していません。
ただ、実際第二言語の習得であっても、不完全なインプットからそれ以上の量のアウトプットがなされることはあるので、行動主義だけでは説明できない、とするのが現在の考え方です。
前置きが長くなりましたが、こうした行動主義への批判の中で出てきた第二言語習得論がクラッシェンのモニター・モデルです。
クラッシェンのモニター・モデル
クラッシェンのモニター・モデルは第二言語の習得に関する理論で、主に5つの仮説から形成されます。現在も大きく影響を与えるような説得力のあるものです。順にみてみましょう。
1、「習得・学習の仮説」
言語学習では文法などの形式を意識して理解する「学習」と、無意識的に理解できる文章に触れて起こる「習得」があるとする仮説です。クラッシェンによれば、「学習」よりも「習得」のほうが圧倒的に多いとされています。
この意識的な「学習」と無意識的な「習得」の違いは、次からの仮説にも関係してきます。
2、「モニター仮説」
実際にその言語をしゃべったりしようとするときは文法を意識しながら話す「学習」では難しいことが多く、「習得」された知識を用いることが多いでしょう。
ただ、話したりする中で「学習」された知識は、監視するモニターのように自分の会話内容を文法的に正しいのかどうか意識的にチェックする働きを持ちます。これがモニター仮説です。
ただし、このモニターが作動するのは言葉を使っている人に時間的余裕があり、言語に関心がある場合に限られます。
3、「自然な順序の仮説」
文法はその内容を学習しやすいかどうか、ではなくある程度決まった順序で習得されていくことがL1の研究から明らかになっています。
分かりやすい例を出すと、英語で最初の方に習う「3人称単数の場合、動詞に”s”を付ける」という文法は言葉にするとめちゃくちゃ単純ですが、実際使うときはしょっちゅう忘れます。このように「学習」しやすいことと、それを「習得」しやすいことは意外にも異なります。
こうした自然な「習得」の順序はL1,L2ともにそれなりには決まっているという仮説です。
4、「理解可能なインプットの仮説」
L2を学習する人には一番重要な仮説かもしれません。今まで示したように、L2を使えるようにするには「習得」が大事です。そのためにインプットする内容は最初の仮説で示したように理解可能なものでなければいけません。
といって簡単な文章をずーっと読んでいては前に進みません。そこですでに習得したレベルを”i”とすると、その少しだけ上の単語、文法などを含んだ”i+1″レベルの内容に触れていくと習得が進む、というのがこの仮説です。
理解はできるけれど、少し上のレベル、というのがポイントになります。
5、「情意フィルターの仮説」
L2を学ぶ際には不安や「できない」という態度などが人によっては起きえます。インプットする際にそうした心配が強いとうまくインプットがされません。それを説明するのがこの仮説です。L2に対する姿勢や気持ちが影響されるため、例えば教室などでの指導はそれをできるだけ取り除けるようにすることが必要になります。
個人で勉強する場合は、逆に肯定的な態度を促進できるように、自分の興味のあるドラマや映画などで勉強する、その言語の文化にも関心をもつといった応用が考えられます。
モニター・モデルへの反論
こうした仮説はあくまで「仮説」であり、実証されたものではありませんし、実証も困難です。そのため批判を浴びている面もあります。
ただ理論として直観的には説得力があるものであり、多くの言語学習理論が影響を受けているのも事実です。言語学習においては参考にするべき内容だとは思います。
以前に『学力の経済学』の記事でも書きましたが、教育や学習は影響を受ける要素が多すぎて実証研究はなかなか難しいと思いますね。
関連書籍紹介
より詳しく知りたい方や具体的な勉強方法につなげたい人にお勧めの本です。
今回の話はこちらから学びました。既に第4版となっていますが、海外の言語学習教育者などに読まれる教科書を邦訳したものです。教科書でありながら、かなり平易で読みやすいので、言語学習に興味の強い人や教育者のかたにはお勧めです。
こちらは学習者にお勧めの本です。上で示した第二言語習得論をもとに、じゃあどうしたら英語を身に着けることができるのか、を具体的に書いた本です。 この第二言語習得論も厳密にいえば証明された方法ではないので、絶対解ではないですが、説得力のある方法論になっています。「自然な順序の仮説」に基づいて文法を学べる本など、実際の教材もいくつか紹介しており、役に立ちます。
以前の記事を書いたときに読んだ本です。著者は一番目に出した『言語はどのように学ばれるか』の邦訳を手掛けています。上の教科書をぎゅっと凝縮して、日本人としての著者がまとめた意見も挙げられておりお勧めの1冊です。学習者であればこちらを読むだけで十分だと思います。
がちがちの言語脳科学本です。背景知識の参考にしましたが、なかなか理解が難しいです。学習者というよりは言語学・脳科学に興味ある人向け。
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