先日第二子が生まれたので更新はゆっくりになりそうです。コロナの関係で出産時含めて全然会えないので、まだ実感がしっかりわきません。会うのが楽しみです。
最近経済思想史の入門書を読んで
1700年代の人から色々と興味のある哲学や経済史を学んでみようと思ったので
少しずつまとめてみます。
高校以降こういったことを学ぶ時もなく
背景知識は正直全然ありません。
当時のセンター試験では倫理学を選択しており
授業や教科書も結構好きでした。
ただ深く学ぶことは全くなかったです。
また、世界史もさして高校時代から良い点数もとっておらず
普通のことから書いていこうと思います。
あんまり上等な内容は書けませんが、練習がてら
記録のようなまとめになります、すみません。
ちなみに読んだ本はこちらです。
知識人の方が大好きなマルクスはよく分からなかったので
いったん読み飛ばしました。
また、順番に勉強します。
アダム・スミスについて知っていること
本を読む前の印象で知っていることと言えば
「国富論」を書いて
需要と供給による市場の自動調整作用のことを「見えざる手」
と言っていたということぐらいでした。
そのため、とにかく政府よりも市場の調整に任せようとする
市場主義の印象が強く、どちらかと言えば冷たい印象だったのですが
実は、全然違いました。
もう一つの著作「道徳感情論」について知ることで
「見えざる手」だけではない国富論についてがみえてきます。
アダム・スミスの生まれた時代
まずいつの時代の人なのか。
その人の考えが生まれるには、社会的な背景を知ることが必要です。
アダム・スミスは1723年生まれ、1790年に67歳で亡くなっています。
1700年代にはそもそも何があったのか。
イギリスでは産業革命が始まってきた時代です。
徐々に重工業化を進め、商品を貿易で売って利益を上げる方向に
国が動いていた頃。
こうして商業を重視し、”金銀・貨幣の蓄積=国の富”としていた時代でした。
また、1740-1748年のオーストリア継承戦争
1756-1763年の7年戦争と出費がかさみ
税金up・借金増加の一途を
辿っていたようです。
加えて1775年にアメリカとの独立戦争が始まります。
格好の貿易相手・植民地であるアメリカを失いたくなかったと
思われ、痛手を負います。
アダム・スミスが活動していたのはこんな時代で
”重商主義=国の富”にはつながらないと批判しています。
アダム・スミスの生涯
1723年スコットランドで生まれています。
イギリスの北の方ですね。
グラスゴー大学、オックスフォード大学で学び
オックスフォードを中途退学。
グラスゴー大学というと医療従事者としては
グラスゴーコーマスケールという意識障害の評価スケールが有名です。
その後1751年にグラスゴー大学で論理学教授になります。
28歳ですね、、若い。翌年には道徳哲学教授に。
この頃「道徳感情論」が書かれます。
「見えざる手」ばかりが有名ですが
当時は経済学自体が真新しいもので
そもそもアダム・スミスは道徳哲学が専門だったのですね。
その後貴族の家庭教師として3年ほど
フランスやスイスを旅行したようで
この際様々な知識人(ヴォルテール、ダランベール、
エルヴェシウス、ケネー、テュルゴー)と交流を深めます。
ヴォルテールとテュルゴーは名前を聞いたことある気がしますが
他はあまり知りません、、、
「国富論」はこの後の著作であるため、こうした交流の影響はあったようです。
その後はイギリスに帰国し、執筆活動を続け
グラスゴー大学の名誉総長にも就任。
67歳に亡くなっています。
次は「道徳感情論」の考え方について書いていきます。
参考文献:
読みやすく、代表的な著作の考え方を簡潔に要約してまとめてあり
理解しやすかったです↓
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