【生きる目的が分からなくなってしまった人へ】フリードリヒ・ニーチェの思想③

 前回まででニーチェの人生まで紹介しました。今回からついにニーチェの思想に入っていきます。

 

前回までの記事はこちら

【生きる目的が分からなくなってしまった人へ】フリードリヒ・ニーチェの思想② – 脳内ライブラリアン

【生きる目的が分からなくなってしまった人へ】フリードリヒ・ニーチェの思想① – 脳内ライブラリアン

 

 

目次:

 

ニーチェの思想の根本は”ルサンチマン”

 ニーチェはまず、ヨーロッパの哲学に強く影響を与え続けているキリスト教批判を行いました。そこで、一番核となる考えが”ルサンチマン”です。

 

ルサンチマンというのはフランス語で「ねたみ、そねみ、うらみ」などの意味がある単語ですが、ニーチェが言う際には、弱者から強者をみた場合のねたみを指します。

 

例を挙げると非常に共感しやすいので、挙げてみます。例えば、自分の同僚が仕事ですごく評価されたとしましょう。すると、自分としては悔しくて「あいつなんて、そんなに頑張ってないのに、たまたま運が良かっただろ・・・」とか思うわけです。こんな気持ちがルサンチマンです。相手のほうが力があった可能性(=強者)があるのに、それに対して自分が正しい、良いと言い訳をする気持ちです。

 

キリスト教は価値をひっくり返してしまった

ニーチェによれば、人間の中では、より力が強い者(生きる力が強く、創造する力もあり、人を助けることもできる、困難にも立ち向かう)が「正しく良い」ともともと考えられていました。これを貴族的価値観と呼びます。

 

ところが、キリスト教には「貧しいものが良い」といったように立場が弱く、力の弱い弱者が正しいかのような教えが多くあります。こうした弱者でも教えを守っていれば、より正しいという考えを僧侶的価値観と呼びます。

 

つまり、キリスト教によって「良い」「正しい」の価値観が180°変わってしまったのです。

 

また、力が強い=良いという考えは極めて「利己的」ですが、キリスト教が説く最も一般的な教えである「隣人愛」は「利他的」です。

 

ここでも価値観が丸ごと変えられてしまっています。この根っこには先ほどのルサンチマンがあると、ニーチェは指摘しています。迫害される弱い立場であったがゆえに、自己を正当化するため強者への「ねたみ」をまるで正しいかのように変えてしまった。ここに大きな問題があったとしています。

 

弱肉強食、という訳ではない

こう聞くとまるでニーチェの思想は「強いもの=正しい!」「弱肉強食の世界」かのように解釈されますし、社会的な立場の弱い人を否定するかのようですが、そういう意味ではありません。弱い人が「ねたみ」をもつことでうじうじ恨み節を吐いて、自分をより強くすることが解決の道であることを忘れてしまうことの問題点を指摘しているのです。

 

冒頭の例で挙げたように、人への恨みがあると自分の努力や工夫のなさ、成長していないことを横において、都合の良い理由ばかりを挙げてしまいます。それが自分の強さにつながるかと言われると当然そうではありません。

 

では、どうすればいいのか。導き出すにはまだまだニーチェの先の思想に続きます。キーワードとなってくるのは”永遠回帰”と”力への意志”です。このあたりはまた次の記事で紹介します。

 

哲学は今まで真理・統一・目的を提供してきた

キリスト教批判をしたニーチェですが、当時も既に合理主義や実証主義は生まれていました。

 

一見、神を信じるキリスト教からは離れてきたようにみえる、これらの主義ですが、実際は根っこのルサンチマンの部分が変わっていないと指摘します。いずれも現実を直視していないという訳です。

 

神学以後の合理主義も、どこかに「真の世界や正しい理論があるはず」と現実以外に答えを求めています。このことを『ニーチェ入門』では以下のように説明しています。

 

いったいわれわれは「何のために」生きているのかと。宗教や哲学はこの問いに対してさまざまな仕方で答えてきたのだが、ニーチェによればその答えは基本的に三つの「カテゴリー」を持っていた。

まず第一に「目的」、つまり「世界には確固とした目的があるはずだ」。第二に、「統一」、「世界には摂理とその全体がある、つまりそれは何者かによって統一されているに違いない」。そして最後に「真理」、すなわち「この世界は仮象にすぎない。したがって<真の世界>が存在するはずだ」。

(竹田青嗣著『ニーチェ入門』より引用)

 

結局のところ、このように現実でないところへ生きる意味を求めていった結果、文化が発展すると「本当に確実な真理」が存在しないことが明らかになっていきます。今もこの思想は健在で、現代的な合理主義をもってしても、「真理」や「生きる意味」は解明できませんし、「人それぞれ」という無難な答えぐらいしか出てきません。したがって実は、「生きる意味なんて何もないんじゃないか」という”ニヒリズム”に陥っていきます。懐疑主義、デカダンス、無神論といったものもニヒリズムに至った結果の産物です。 

 

まず、このニヒリズムの構造とその根っこにルサンチマンを見出したところが、ニーチェの辛い人生に基づく非常にユニークな考えだと思います。「生きる意味」や「真理」を失った、いわば「神が死んだ」後に、どう考えるのかが、ニーチェ以降の哲学の興味深いテーマです。これは前回のフッサール、ハイデガー、サルトルといった実存主義の哲学者に繋がってきます。

 

 

実際はニーチェも発狂してしまったので、その答えまで十分に語られているとは言い難いのですが、ニーチェはその答えをどう考えていたのか。また、次回の記事で書きます。

 

参考文献:

紹介記事はこちらです。

初めてニーチェを読む人にお勧めの本紹介 – 脳内ライブラリアン

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