医療における倫理判断で困ったときの困ったときのツール・医療倫理の四原則

少し前にこんな感じのツイートを見ました。

「80歳台の腎不全の男性でもともと透析を拒否されていたが、自宅で呼吸苦を訴えて、見かねた家族が救急要請。家族からの希望もあり、最終的には緊急透析を行なって、本人は『こんなに楽になるのか』と言っていた」

という話。

「こういうことよくあります」

といった共感的ツイートや

「これは本人の意志に反した治療ではないでしょうか」

といった反対意見まで色々ありました。

140文字の中に「本人が実は賛成を示すようなことを言っていたかもしれない」とか「それまでの理解が十分でなかった」とか細かい情報を入れる余地もないと思いますので、個人的にこの行為に対して賛成とも反対とも別に言えないのですが、こういった問題を考えるときにどういう方向性から考えたら良いのか。

臨床現場ではこう言った簡単に答えの出しにくい問題は非常によくあります。

明らかに患者さんの利益になって、本人も同意していて、家族も同意していて、やる側の負担も保険適応も何の問題もない、という医療行為であれば誰も迷うことなんてないわけですが、何かが噛み合わないことは多々ありますね。

そこで、倫理的に答えの出しにくい問題を考えるときに役に立つツールが医療倫理の四原則というものです。

病院内の倫理委員会や倫理コンサルテーションでは使われたりしていると思いますが、一般の臨床医自体が内容を知って考えることはあまりないかもしれません。ただ、少しでも知っておくと独断で誤った選択をする前に、倫理コンサルテーションや相談ができるので、勉強しつつ紹介してみようと思います。

医療倫理の四原則とは

医療倫理の四原則とは、アメリカのビーチャム(Tom L. Beauchamp)とチルドレス(James F. Childress)によって提案された原則です。必ず全部従わなければならないわけではなく、かといって無視して良いわけでもない、考えるときの土台として使うようなものとされています。原則の内容としては自律尊重、善行、無危害、正義の4つから成ります。

そもそもこの四原則はいつ、どんな目的でできたのでしょうか。大抵こういった倫理関連のルールは悲惨な問題が背景にあることが多いです。合わせて知っておくと理解に役立つように思います。

医療倫理の四原則については、1972年まで行われていたタスキギー梅毒実験という研究が背景にあります。詳細はウィキペディアを参照いただくと良いのですが、おぞましい話です。

タスキギー梅毒実験 – Wikipedia

この反省のため、1974年にアメリカでNational Research Act(国家研究規制法)が成立します。法律に則り設置された国家委員会によって4年間にわたり、ヒトの研究倫理について議論が重ねられ、その結果がベルモント・レポートという報告書にまとめられました*1。

そこに登場するのがこの医療倫理の原則ですが、発表当時は自律尊重、善行、正義の三原則でした。さらに、1979年にビーチャムとチルドレスが刊行した『生命倫理の諸原則(Principles of Biomedical ethics)』*2で無危害を加えた四原則が提唱されました。

というわけで、もとを正せば研究倫理の話になるわけですが、医療現場での倫理的な問題を議論するためのツールとしても用いられています。例えば、功利主義者や自由主義者とはっきり分かれた主義がある人どうしだと、哲学的な深い領域に入り込んで、議論は(おそらく)永遠に噛み合いませんが、この四原則を土台にすることで、議論をしやすくすることができる、というのが利点なようです。

では、続いてそれぞれの原則をみていきます。

自律尊重原則

まず一つ目の、自律尊重は自身の意志決定が自律的であることを指します。自分で全て決めて下さいね、ということではなく、患者さん(あるいは被験者)が自己決定をすることを助けなければいけません。自律尊重によって支持される道徳原則として『入門 医療倫理Ⅰ』*3では以下の内容が挙げられています。

1)真実を語れ、2)他人のプライバシーを尊重せよ、3)守秘情報を保護せよ、4)侵襲のための同意を得よ、5)依頼を受けた場合は、他人が重要な決定を下す援助をせよ

事実でない情報(例えば「癌でも告知せず、別の病気と伝える」)に基づくと自律的な選択はできませんし、自分の病気について人に吹聴されるようでは、おちおち症状も伝えられません。情報を人に漏らされてしまうようでは自律的な判断や訴えもできないでしょう。

「自律」にそこまで価値があるのか、実際には周囲の状況や情報に左右され「本当の自律」ではないのではないか、など言い出すと哲学的な論争に入りかねないのですが、ひとまず現代では自律に価値をおくことに意味は見出せると思います。

善行原則

2つ目の善行は他人に利益をもたらすための行為と言えます。利益と害悪とを比較して、最善の結果をもたらすようにします。

例えば、患者さんの治療方法を検討するときに、治療の効果と必ず副作用(害)のバランスをよく吟味しますが、それはこの利益を最大にするためのもの、と言えます。

ただし、この善行の原則は何らかの制限が必要である、と言われています*3。というのも無制限にやっていくと、能力を超えた過大な要求をされたり、身近な人への責務を果たせなくなることや、その行為を受ける人を依存的にさせるなどの問題が生じるからです。

確かに、医師が患者さんの経過に注意が必要だからといって、状態に関わらず24時間ずっと病院に居続けるのは、患者さんにとっては良いのかもしれませんが、身近な人(医師の家族)には良いわけがなく、家庭環境が壊れてしまったりしますね。

そのため、ビーチャムらは以下のような条件を設定しているようです。

その条件とは、善行を受けるヒトの生命や健康といった重要な利益が損なわれる危険があること、当該の善行が害悪を防ぐために必要であり、しかも、それを防ぐ可能性が高いこと、当該の善行が重大な害悪をもたらさないこと、それがもたらすと考えられる利益が害悪より大きいことである。(*3より引用)

ただこの「重要な利益」というのがどこまでなのか、そもそも「利益」とはどのようなものを指すのか、この辺りは「自律」のときと同様に明確なわけではないので、あくまでこれも考えるための土台・ツールに過ぎないものだと思われます。

無危害原則

人間の意図や過失に基づく行為や不作為が、人にもたらす害悪を「危害」と呼び、それを避けるための規則がこの無危害原則です。

危害を与えないだけでなく、危害のリスクも負わせないようにしないといけない、とされています。薬にせよ、何らかの処置にせよ、どういったリスクがあるかを予測し、避けられるように考えておかないといけないわけですね。

これは上述した善行とのバランスが必要になってきます。

正義原則

最後の一つが正義原則です。 これはそれぞれの人に社会的に公平になるように利益と負担のバランスを考える、ということです。

医療資源は基本的に限られていることが多いので、それぞれの人に対する配分をどう考えるかが問題です。もちろん人によって必要とする医療資源は異なるので、何を平等とするかはかなりの難問となります。

以前に記事で書いたシアトルの「神の委員会」の話は正義原則をどのように捉えるかという視点が政府側と国民との間で大きく異なっていた例だと言えます。

命の取捨選択<シアトルの神の委員会の話> – 脳内ライブラリアン

この問題は結局ベトナム戦争の出費に対する批判につながり、配分というよりも、そもそもの医療資源を拡張させるという方向に至っているわけですが、、。

さて、以上の四原則となるわけですが、実はどの原則も「そもそも〜原則の〜とは何か」という解決できない問題を孕んでいることが分かります。ただ大事なことは「これらの原則は重要である」という認識はある程度納得できるところにあります。個々の原則の解釈は議論の余地があるところにしても、この枠組みに則って議論をすることには意味がありそうです。

2つの原則がぶつかった時には?

これらの原則を土台に考えたときに、原則同士がぶつかってしまう時があります。

例えば、冒頭の例でいくと

「自律尊重」の立場に立つと、本人が以前に透析はしないと言っていたので、透析はしないという選択を支持する

「善行」の立場に立つと、酸素化低下という身体的な問題を取り除くことや家族の希望を叶えることを利益と考えるなら、透析をするという選択を支持する

というように、原則が支持する選択が矛盾する場合があります。そんなときに使われるのが特定化(specification)比較考量(balancing)という方法です。

特定化(specification)

特定化は、それぞれの原則の適用範囲を絞る方法です。「どこで、いつ、なぜ、どのように、どんな方法で、誰に対して、あるいは誰にとってその行為が行われるべきなのか、または避けるべきなのか」それを絞ることによって、原則対立を防ごうとします。*3

例えば「自律尊重」の原則において、自己決定が重要視されますが、その範囲を以下のように絞ることを指します。

“respect the autonomy of competent patients by following their advance directives when they become incompetent”(*1より引用)

つまり、「本人が判断能力を失ったときには、アドバンスディレクティブに従い、自律尊重とする」という感じですね。「本人が判断能力を失ったとき」というように範囲を絞っていることになります。

この「特定化」は原則対立が起きたときにも有効です。

自律尊重原則と善行原則の対立がみられた具体例としてタラソフ事件があります*4。

これは精神科で患者が他の人を殺そうとしていることを告白したときに、患者に対する守秘義務という自律尊重原則と他者が殺される危険を防ぐべきという善行原則が対立した事例です。

事件では、1969年プロセンジット・ポターという患者がタチアナ・タラソフという女性を殺害するような旨を精神科医に話しました。それを聞いた精神科医は警察に拘束するよう要請します。しかしその後、ポターが理性的であるとして警察は釈放します。結果、タラソフは殺害されてしまい、その危険を警告する義務があったとしてタラソフの両親が訴訟を起こしました。

守秘義務が守られないとなると、患者が積極的に自身の情報を開示しなくなってしまう懸念があり、かといってそれを頑なに守っていると人が殺されてしまうような不利益が起きることもこのように稀ながらあります。

そこで、守秘義務に関する原則を以下のように特定化します。

「患者が特定の第三者に深刻な身体的危害を加える意図を表明していない場合には、精神療法で患者が治療者に告げた情報を、その患者の同意を得ずに、治療者が他人に開示してはならない」(*3より引用)

こうして自律尊重原則(に基づく守秘義務)の有効範囲を絞ることで対立が起きないように調整します。

比較考量(weighing and balancing)

対立が起きた時のもう一つの対処方法が比較考量(weighing and balancing)という方法です。

それぞれの原則の重みを熟慮し、その状況に適した選択を考えるという方法になります。ただし、これは直観的にどちらが優先されるか、といった考え方ではなく、それ相応な根拠が示されなければいけません。

ビーチャムらは『生命倫理の諸原則』*2の中で、比較考量をする上で注意すべき6つのルールを挙げています。

1. Good reasons can be offered to act on the overriding norm rather than on the infringed norm.

2. The moral objective justifying the infringement has a realistic prospect of achievement.

3. No morally preferable alternative actions are available.

4. The lowest level of infringement, commensurate with achieving the primary goal of the action, has been selected.

5. All negative effects of the infringement have been minimized.

6. All affected parties have been treated impartially.

(*2より引用)

英語を読むのが面倒な人のために、拙訳致しますと

  1. Good reasons can be offered to act on the overriding norm rather than on the infringed norm.

侵害された規則に従う理由を出すよりも優位と思われる規則に従う理由を出せ

例えば先ほどの守秘義務vs善行原則の例でいきますと、守秘義務を優先して家族に警告をしないのであれば、なぜ守秘義務を優先するのか、その理由を出すということです(例えば、他の人に話すと信頼性が損なわれる、など)。逆に善行原則を侵害する理由を出すわけではない、ということですね。

  1. The moral objective justifying the infringement has a realistic prospect of achievement.

規則を侵害を正当化する道徳的方針を立てるのであれば、達成できる事柄に現実的な見込みを持たせるようにせよ

  1. No morally preferable alternative actions are available.

道徳的に好ましい他の代替案がないようにせよ

要は選択肢をきちんと考え尽くしなさい、ということでしょうか。

  1. The lowest level of infringement, commensurate with achieving the primary goal of the action, has been selected.

その行為によって達成されるゴールに相応な、最も侵害の少ない程度を選択せよ

行為によって得られるものと侵害のバランスを考えた時、侵害はできるだけ少なくしなさい、ということですね。

  1. All negative effects of the infringement have been minimized.

侵害による悪影響の全てが小さくなるようにせよ

いささか功利主義的ですが、悪い効果の総量はできるだけ小さくなるものを選ぼうという方針です。

  1. All affected parties have been treated impartially.

影響を受ける者たちは公平に扱うようにせよ

関係者の間で不公平がないように考えよ、ということですね。

これらのルールを守ることで、直観のみではない根拠に基づいた理由づけができるのではないかと主張されています。

今回の例に立ち戻って

長くなってしまいましたが、冒頭の例に戻って考えてみます。

個人的な印象・直観で言うと、「以前の本人の意志が明らかなのであれば、それが最優先なのでは?」と言うことで自律尊重原則に則って、透析はやらない方が良いのではないかと思ってしまいます。

しかしながら、四原則に則って考えた場合、善行原則に基づいて「本人、家族の利益とは何か」も考えなければいけません。

こうした自律尊重原則と善行原則の原則対立は「本人の利益になると思われるので、患者の意志に反して治療を行う」=「パターナリズム」という形を取ることが多くみられます。

医学生時代から「パターナリズムは良くない」と端的に教えられ続けていた気がしますが、それはあくまで自律尊重原則と善行・無危害原則とのバランス次第とも言えます。合理的な判断ができていないときに、強制はしないまでも、弱く誘導をする“ナッジ“という方法はその代表でしょう*5。

それを「自律が大事なので全部自己の責任でよろしく」と責任を投げるのは、知識的に優位な立場がある医師のとるべき立場ではないように思います。

今回の例でいくと、透析を始めた後の本人の生活の利益と不利益がどの程度なのか、によって自律尊重と善行の比較考量が変わると思います。透析が始まってからの本人の生活は苦痛なのかどうなのか、家族はどう感じるのかをよく聞き、情報を共有した上で、実は本人にとっても良さそうだけれど、一時の判断で拒否していたのであれば、透析をする方向に促すことはアリなのではないでしょうか。

そして、特定化に関して、自律尊重原則は「本人の判断能力が失われていた場合、アドバンス・ディレクティブに則って考える」というように言えます。搬送時に少しでも本人が意志を示せるのかどうかでこちらもまた大きく変わることになります。

ツイートされていた先生のように今までに幾度も同じ経験をされている方であれば、おそらく臨床現場でこういった分析・計算をされた上で、選択されているのではないかと思いますが、改めて考え方を見直してみるのは勉強になります。

その成り立ちから見ても、臨床現場だけでなく、社会的な医療問題についてもこの四原則は使用可能だと思います。コロナに関しても色々と議論が尽きませんが、利点・欠点を原則に則って分割し、整理するとより建設的な議論ができそうです。

医療倫理の四原則に対する批判

当然ながら医療倫理の四原則は盤石な原則というわけではありません。結局四原則を用いても、具体的な行為の指針が安定して導かれるわけではないこと、四原則の根本となる道徳的な理論が確立されていないことなどが批判として挙げられています*3。

つまり、特定化や比較考量という対処があるにしても、答えの出し方は人によって異なることがあり得るので、不安定であり、また四原則における“自律”、“利益”、“危害”、“正義“の定義によって原則が揺らぎうることが問題です。

とはいえ、他にうまく整理された倫理原則が多くあるわけでもなく、肯定するにせよ批判するにせよ、参考に十分なるものではないでしょうか。

参考文献:

*1『生命倫理の4原則と医学研究』

*2『生命倫理の諸原則(Principles of Biomedical ethics)』

*3『入門 医療倫理Ⅰ』

教科書チックな見た目ですが、詳しい逸話や事件の話なども沢山載っており、非常に面白いです。文章も簡潔で読みやすい。

*4『アメリカにおける精神科医療過誤訴訟』

https://www.jstage.jst.go.jp/article/shiho1949/1986/48/1986_48_202/_pdf/-char/ja

*5『医療現場の行動経済学』

ちょっと変わった観点から医療現場を覗いてみる一冊。インフォームドコンセントや検査の苦痛などなど患者さんや医療従事者の心理状態がいかに非合理的に変化するかがよくわかるので、臨床現場でも役に立つ知見が満載だと思います。“ナッジ”の話も載ってます。オススメです。

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