認知症の新薬aducanumabの話が不穏すぎるので、製薬関連の本をいくつか読んでみた

さて、最近認知症関連の話題で注目されているのはbiogenとエーザイが開発しているモノクローナル抗体、アデュカヌマブ(aducanumab)です。

 

アルツハイマー型認知症の治療薬として期待されており、アミロイドβを標的とした薬剤となっています。

 

これが今アメリカのFDA(アメリカ食品医薬品局)に薬剤としての承認申請をしている最中なのですが、統計学的にも臨床的にも問題を孕んでおり、外部の委員会(薬剤の有効性を検討する神経内科医による委員会)でも有効性に疑問を付されています。

journals.lww.com

 

データは論文化されておらず、biogen側の制作したスライド(公表されているもの)がデータがまとまっていてわかりやすいので、興味がある方は直接みてみると良いかもしれません。

https://investors.biogen.com/static-files/ddd45672-9c7e-4c99-8a06-3b557697c06f

 

EMERGE、ENGAGEと二つの臨床試験がなされているのですが、そもそも2019年3月時点で中間解析により無益と判断して中止になっていました。その後open labelにして継続していたデータが良かったのでそのデータをまとめてFDAに申請したという曰く付きなものです。統計的にそんなやり方アリなのか、とまず思うところです。

 

この辺の経緯と問題点は”Alzheimer and Dementia”という認知症専門のジャーナルにperspectiveとして指摘されています。

https://alz-journals.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/alz.12213

 

それに、先程のデータをみてもアルツハイマー型認知症が改善するものではなくて、少し進行を遅らせるかどうかというレベルなんですよね。臨床的にわかりやすいアウトカムでいくと、高用量のdoseですら、78週間でプラセボと比較してMMSE0.5点ほどしか改善しておらず(当然開始時のベースに比べたら悪化はしている)、臨床的意義も疑問です。

 

画像上のアミロイドβは改善しているようなので、こうなるとむしろ「アミロイドβを良くすれば良い」と言うわけではないことが示されたように思います。

 

危険性は高くないと言われているものの、30%近い患者でアミロイド関連画像異常(ARIA)の浮腫を認めており、これも長期間となるとどう影響してくるかまだ分からないと思います。

 

東洋経済ではこんな記事もありましたが、試験結果をみる限り「根本治療薬」という言葉には語弊しかないと思います。

アルツハイマー病「根本治療薬」が迎えた正念場 | 医薬品・バイオ | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

介護される方や患者さんの辛さはよくわかるのですが、「治療できる薬が今のところない」から申請を通すのは全くおかしな話で、これが通ってしまえば、かえって(臨床的に大幅に改善されるような)本当の意味での治療薬を作る資金の流れが減ってしまい、治療への大きな障害になるのではないでしょうか。

 

(2021.06.13追記 アデュカヌマブFDAで承認されましたね、、、。条件付き承認ということで実際に本当に臨床的意義があるのか検証されるようです。日本は副作用、効果ともに落ち着いて動向を見るのが一番だと思います。アルツハイマー型認知症の方や介護者の方が辛い思いをされるのは外来でもよく感じますが、そうした大切な人にこそ安全性や治療の効果がはっきりしない薬は使って欲しくないものです。)

 

思わず前置きが長くなりましたが、なぜこんな苦しい新薬を出していくことになるのだろうと疑問に思い、最近製薬関連の本をいくつか読んでみたので、紹介してみます。こういった本はあんまり出されてないジャンルな気がしますね。

 

『製薬会社は生き残れるか』河畑茂樹著

 

アステラス製薬で働かれている製薬のプロフェッショナルの先生が書いた本です。創薬の歴史から今後の向かっていく医療の方向性、それに対しての製薬会社のとるべき立場を書いています。

 

冒頭から明らかになるのは、創薬という行為が過去に比べていかに難解でコストがかかるものになってしまっているか、です。本書によれば2010年~2014年に合成された低分子医薬品(分子標的薬のようなバイオ医薬品ではなく、もっと小さい化合物。アゴニスト、アンタゴニストとか。)25000のうち、薬剤として本当に使用できたのは1つに過ぎないようです。候補はあってもいかに実用に結びつくものが少ないかが感じられます。また、コストも2013年時点で10年前に比べて2倍に膨らんでおり、1800億円以上とされています。

 

なぜこんなにも難易度もコストも莫大に膨らんでいるのか。簡単に言うと『理解が進んでいて作りやすい化合物はあらかた作ってしまったから』のようです。そうなると上述のアルツハイマー型認知症のように、まだ解決できていない病気に挑んでいくわけですが、そもそも病態も解明されていないものに対して薬を作ろうとすればなおさら難しいわけですね。研究の費用もかさみますし、さらには臨床試験で効果を証明せよ、と言われるととんでもなくお金がかかるわけです。しかもそこまでやり終えても効果が実証できなかったとなると、かかったコストも水の泡なので、aducanumabの試験の申請に全力を注がざるを得ない理由もわかります。

 

難易度もコストも上がっていく中で、同じ体制を続けていくことは無謀に等しく、製薬業界の在り方を再定義するように筆者は促します。薬の開発だけでなく、医療を提供する側のシステムに介入して効率化したり、コンシューマービジネスを行ったりするのが一つの案であるとされています。

 

確かに、実際臨床の現場で感じることは、薬がそもそもあるのにきちんと内服してない、だとか、適切な診断がなされないことだとか、治療薬や予防薬の使われ方の問題で、良いパフォーマンスが得られない事例を何度もみかけます。例えば、認知症の問題でいけば、『科学的認知症診療5Lessons』*1でも指摘されているように、アルツハイマー型認知症という診断が適当になされて、それに対する抗認知症薬が漫然と出される、というのは日常的にもよくみられます。

 

新薬を見つけ出すための研究はもちろん継続的に必要だと思いますが、真の意味で効果が高いと言えない薬を無理やり通すよりかは、もう少し簡単に患者さんの利益に結びつくところはまだあるように思えます。まあ言うは易く行うは難し、なものなのだとは思いますが、、、。

 

『新薬の狩人たち 成功率0.1%の探求』ドナルド・R・キルシュ、オギ・オーガス著

新しい薬を見つけ出すドラッグハンターである著者が過去の数々の薬剤の発見のエピソードを裏の裏まで書いた一冊です。この本で語られる創薬の歴史を過去から眺めてみると

 

植物などによる偶発的な薬の発見

合成化学による薬の発見

合成化学による薬物の標準化

仮説に基づいて薬剤を設計する

 

とこんな感じに進んでいるようです。仮説に基づいて設計する、というとまるで効率的に効果のある薬が生み出されるかのようですが、実際は上述のようにそうでもなく、有効な薬を見つけ出すことには常に幸運が必要である、と語られます。

 

著者は例えとしてアルゼンチンの作家が書いた「バベルの図書館」という逸話を挙げます。その図書館には大量の本があり、その本の文字はランダムに並べられ、2冊として同じものはありません。偶然文字のように読めるところがありますが、ほとんどは無意味な文字ばかり。そうした本の中に「弁明の書」と言われる人生を変える叡智に満ちた本がどこかにあり、それを延々と調査官たちは探し続ける、、、。

 

冒頭で新薬を探すのはこれと一緒だと述べられます。そして、これは昔の話ではなくて、専門的な技術をトップクラスの大学で学んだエリートにとっても同じこと。人体のメカニズムとそれに手を加えることの難しさは、本書で説明される新薬の歴史やエピソードをみていくと納得させられます。薬の発見には奇跡的な偶然が多く、自分の体を張るような強い決意と粘り強いチャレンジがいくつも語られます。

 

また興味深いのは、第6章「命を奪う薬」で語られる、医薬品規制の誕生の逸話でしょうか。抗生剤の黎明期はそれが生み出す利益は莫大でしたが、その危険性をみてストップをかけるような部署も十分な人材がいなかった(FDAも当時は薬剤を管轄していなかった)ため、「エリキシール・スルファニルアミド」は多大な被害を与えながらも販売が続けられていました。腎機能障害などで100人以上の被害者がアメリカで出たことでようやく制度が整備されました。

 

当時は規制が十分になく、あまりに製薬会社のビジネスが自由すぎたことが問題となっていましたが、現代では規制が増えてくることにより製薬会社への新薬開発に対する負担が増えていることも本書は問題視しています。規制と自由の適切なバランスはどこなのか。安全性とコスト、そして重要な薬の実用化が遅れることのバランスをその状況に合わせて取り直し続けることが大事だと本書は訴えています。

 

『世界史を変えた薬』佐藤健太郎著

『新薬の狩人たち』の翻訳をされた方が書いた本で、過去に生み出された新薬と病気が世界史の要所で関わっていることをテーマに書かれています。

 

薬剤の歴史という意味では、日本の歴史に特に踏み込んでいる点が面白いんですが、「世界史を変えた」というほど強いつながりが感じられるかというと世界大戦時の感染症による死者とかはまあ分からなくもないのですが、これというインパクトには薄い感じがしてしまいますね。

 

雑感

なんだかどうも尻すぼみになってしまいましたが、技術の進歩にも関わらず、創薬が難解かつコストのかかる大きな問題であること、薬と人体の理解が全く十分ではないことを認識できたように思います。抗認知症薬は期待がもたれる分野ですし、こうした理由から製薬会社側が申請に全力を尽くさざるを得ない事情も分かりますが、とはいえ臨床的・統計的に効果が不十分なものを通すというのは長期的にみて、より利益を損なう選択肢であることが分かります。『製薬会社は生き残れるか』で提案されているように、利益を出す分野をニーズに合わせてスイッチしていくのが、今の時代には良い方向性なのでしょうか。

 

参考文献:

*1『科学的認知症診療 5 Lessons』小田陽彦著

 

認知症診療のエビデンスをしっかりと読み解いて解説されています。冒頭のLesson 1でアルツハイマー型認知症の不自然な増加(抗認知症薬の発売に合わせて他の型と割合が崩れていく)が指摘されています。診断や治療についても、国内臨床試験をもとに、「本当に意味のある臨床的な効果があるのか」に常に主眼をおいて解説されており、ぜひおすすめしたいです。

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